リトリート@長崎 に参加しました

リトリート経験

2025年2月20日から2月24日までの5日間でマインドフルネスのリトリートに参加してきました。今回はAmir Imani先生が来日。Amir先生は私のトレーニング過程の先生のひとりであり、その佇まい、言葉選び、在り方そのものがマインドフルネスを感じさせる素晴らしい先生。まさに私たちが常に気を付けている「マインドフルネスを体現する」ということを実践されている方です。

とても印象的だったのは先生の「沈黙は真実である」という言葉でした。言葉は何かを表現する代わりの物。そのため、何かを説明しようとすればするほど実態に近づくようにも思えます。しかし、実は真実という本質的なものからは遠のいてしまうということを表しているのではないかと思います。

マインドフルネスは「評価や判断をせずに、今のこの瞬間のありのままに意識を向けた時に生じる気づき」と言われます。リトリートに限らず、基本的にマインドフルネスの実践は沈黙の中で行われています。いまこの瞬間に生じている真実にありのままに気づくには、その沈黙が必要なのだと思います。日常的には「間(ま、スペース)」と言っても良いのだと思います。その沈黙のなかで自分を観察していくと、真実と認識できるようなものが生まれてくるようです。

沈黙の中で一人自然のなかを歩いていると、その坂道では歩幅を小さくすると歩きやすいことに気づいたりします。それは人類にとっての知恵などではなく、自分がそれに気づいたという事実があれば十分です。その気づきがうれしかったり、また考え事をしているとそれを忘れて一生懸命登っている自分に気がつきます。こうやって言葉を重ねていけばいくほど、真実でなくなっていくのかもしれません。なので、実践が大切になるということなのだと思います。

何度リトリートを経験しても、同じリトリートはきっとありません。どんなに言葉を尽くして説明しても、沈黙の中参加すること以上、そのことを理解できるものはないのだと思います。

リトリートとは

リトリートという言葉自体がリゾート施設などでも使われるようになり、余暇的な意味合いを帯び始めていますが、実際はそうではありません。リトリートとは、自然豊かな場所へ行き、普段の生活から離れ、自分を癒したり休ませるために何らかの活動をしたりあえてしなかったりする過ごし方です。具体的には、マインドフルネス、瞑想、ヨガ、森林浴、ハイキングなどの軽運動などがあります。マインドフルネスでは、サイレント・リトリートと言って、話をしないで過ごします。

リトリートの効果

そのように過ごすことによって、何かに追われたり追い求めて生活していた自分を、ある意味ピットインさせ、メンテナンスし、身体を回復させ、心に栄養を補給するような時間となります。時計をあまり見ずに過ごすことで、心が解放されますし、ご飯をゆっくり食べたり、量を少なく食べたりすることで、本当に必要な量や時間を探ることができます。一人ひとりの心や身体の状態は違っていて当たり前なのですが、社会では一律に同じように扱われてしまうため、自分のために過ごすということが難しくなっています。リトリートでは自分に自由を与えるということが一つの練習課題でもあります。

沈黙は優しさ

「話をしない」は「してはならない」ではありません。むしろ「やさしさ」です。どういうことがというと、私たちは静かに過ごしていたくても、何か人に差し出されたりすれば、お返しに挨拶をしたり笑顔を見せたりします。しかし、今は一人で過ごしたいと思っていても、そのようなことがあると一人で過ごす時間を妨げてしまいます。ですから、一緒にいても関わらないということがその人を「尊重する」とか「やさしさ」になるわけです。人によっては難しく感じることでもあります。

意外とあっという間

今回のリトリートでは、4泊5日の1日目の夜から5日目の朝まで沈黙でした。一緒に過ごすお部屋の人がいるために、鍵のことやエアコンのことなどはなさざるを得ないこともありました。また、途中で2度のインタビューといって先生と話をする時間もありました。全く無言でもなかったということです。そして、瞑想、ご飯、お風呂、睡眠というようなシンプルでとても贅沢な時間は、あっという間に終わりました。

Amir Imani先生と

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